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2010年7月30日 (金)

古巣の話

元ミーツ編集長江氏の単行本「ミーツへの道」を読みました。
江氏とはエルマガジン社同期入社。販売担当としてミーツの立ち上げにも走り回り、長年赤字雑誌だったミーツを「これは、地方から初めて出せた雑誌(消費型情報誌ではないという意味)やから、エルマガジン社の看板になる雑誌やから廃刊したらあかん」と、会社にも言っていた立場、つまり当事者の一人として興味深く読みました。
編集者としての成功譚は、ほんと痛快で面白い、今をときめく、僕も大好きですが内田樹さんを発掘するシーンもいい、天才編集者江を、とってもよく描いています。

ただ、この本に出てくるのは、いいもんと悪もんだけ。
いいもんは実名で、悪もんは役職名で出てきます。
販売担当の僕は当然悪もん、何回か出てきますが、いいことは書いてくれていません。
僕が、他地区のタウン誌と立ち上げた、シティマニュアルシリーズは、執拗に何度も、悪しざまに書かれています。本の中では僕の後任の中島氏が、福井本を福井に売りに行って「地元の雑誌社が地元で競合する本を本気で作るわけない」と言われて納得したという話が書かれています。
もちろんそう、福井の雑誌社が持っている情報を、他のエリアで売ろうとして作ったものですから。他の地域もそう、地元の本当に面白い情報を他のエリアで売る、それがテーマでした。しかし、営業やったら、言われて納得してどうすんねんです、まずは、そう言い返さんと。
全国各地の雑誌社と一緒に本を作ることで、お互いに書店営業を協業化し、そうして、販売力強化をすることも大きな目標でした。
市場状況も悪かったので、他社との連携も必要だと思っていました。
会議で、さんざん言ってたのに聞いてなかったのかなあ。
赤字については、ムック全体のもので、うまくシティマニュアルのせいだと思わせるように書かれています。
今、西日本出版社がやっていることは、まさにこの延長上にあること。
本籍地のある本のキャッチフレーズはここからきています。
今も、全国各地のタウン誌と連絡を取り合って、現地に行っては、一緒に動いて、話を聞いて、本を作っています。
江氏は、販売部や広告部に「俺ら編集は賢いやつがやってんねん、あほなおまえらと給料がなんで一緒やねん」とよく言っていました。
自分から見たら下等な、販売部中心で、本を作ったことに対する、憎しみは当時から感じていましたが、本に書くとは、この時協力してくれた編集部の人間も悪意ある書き方をされています。

江氏は編集者としては、とっても優秀です。
編集面について書かれていることは、その通りですし。
当時から共感していました。
また、真似をしようと思ってできるレベルではありません。

でも、今、西日本出版社で作っている本も、基本的な思いは一緒です。

そうそう、僕が辞めたシーンも、なんかあかんように書かれていますが、江氏の悪意を日常でも感じるようになって、それはいいのですが、彼が作ったものを、本屋さんでいいと言えなくなったというのが真相です。
ほんまは、いいもんなのですけどねえ。
「今回のミーツ、ほんまに面白い」と言いかけると、嘔吐感を感じるようになりました。その日から辞め時を探していました。
シティマニュアルの中の一点が赤字になって、江氏が鬼の首を取ったように、怒鳴りまくった時、その日がやっときたと、ほっとしたのを覚えています。
その日、残業(つかないけど)毎月120時間の日々が終わりました。

ミーツ編集部だけではなく、他の編集部も、営業も、販売も、総務も、みんなほんとにがんばっていました。
あのころがあるから、今がある、本当にそう思います。

でも、シティマニュアルをやっていなかったら、江氏がもしいなかったら、多分、今もサラリーマンをやっていたと思います。
だから、感謝した方がええんんかな、江氏に。

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