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2010年11月

2010年11月29日 (月)

ジャーナリズムフェスタに行ってきました

一昨日大阪で行われた、ジャーナリズムフェスタ2010「デジタルメディアでジャーナリズムは進化するか」に行ってきました。

第一部「ジャーナリズムはどこにいるのか」第二部「新しいジャーナリズムを創る」第三部「異論、反論 発言と交流会」の3部仕立てで、12時半から20時まで7時間半、途中10分&5分の二回の休憩をはさんだだけの徹底討論。

200名近くの参加者も、ほとんどが最後までいたようです。



残念ながら僕は、第三部の時間には他に予定があったので、2部6時間のみの参加だったのですが、濃い時間でした。



最初、新聞を中心とした既存ジャーナリズムが、経営的にも、ジャーナリズム的にも機能しなくなっているというところから始まり、ヤフーさんが来ていたため、ヤフーのジャーナリズム的役割の話、フリージャーナリストはどうデジタルメディアを使いこなすかの話、最後は、デジタルは飯のタネになるのかどうかの話。



やはりというか、電子書籍の話はほとんどでませんでした。ただ、このイベントの主催者アジアプレスの石丸さんが、北朝鮮の写真集を電子出版で発行するという話をされて、その目的は、韓国語版、英語版を出して、この二国の人に見てもらうためだとおっしゃっていま
した。確かに、日本語版はもちろん、それ以上に韓国語版英語版を作るには多大な経費と、それ以上に膨大な流通コストがかかります。

利益的に見込めなくても、伝えるべきことを伝える手段としては、電子書籍は有効であるという意見については、確かにその通りだと思いました。



早稲田と関学のジャーナリズム論の先生も参加されていましたが、その机上の理論話は、他の参加者の、現場での活動を踏まえた、圧倒的なリアリティの前に、ちょっと無残ですらありました。



第一部パネラー、花田達朗(早稲田大学教授)、藤代裕之(ジャーナリスト・ブロガー)、奥村倫弘(ヤフー)、石丸次郎(アジアプレス)

第二部パネラー、山中速人(関西学院大学教授)、玉置泰紀(クリエイティブクラスター代表)、玉本英子(アジアプレス)、宇田有三(フォトジャーナリスト)

第三部パネラー、原一男(映画監督)、矢野宏(新聞うずみ火発行人)、石丸次郎(アジアプレス)

の皆さんが議論されていました。



なお、僕の夜の予定は、望麺会。

全国のラーメン屋さんうどん屋さんと、お店のファンの集いです。こちらも200名ほどの参加。

こちらでは、麺にブレンドする粉の割合や加水率、経営について、出汁について、打ち方についての熱い議論が戦わされていました。



やっぱり現場が一番面白く熱いというのを実感した一日でした。

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2010年11月25日 (木)

ルーツブックスさんすみません。

先日、ルーツブックスさんについて書いたブログが、「上から目線なんちゃうん」という雰囲気のメールを読者からいただきました。

すみません、そう読めたかも。

そんなつもりはなかったのですが、地方に出版社が増えたこと、版元ドットコムで一緒にやれること、昔、僕が話したことが、ちょっとだけでもその役に立ってかもしれないこと、そんなことが嬉しくて、キイボードを打つ手が滑りました。

いかんなあ。というか、ルーツブックスさんすみません、これからもよろしく。

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2010年11月23日 (火)

ルーツブックス(ROOTS BOOKS)

香川のルーツブックスさんからメールがきました。

正確には、メールをこちらから出したんで、そのお返事が来たんですね。ルーツブックスさんは高松に最近できた出版社です。たまたまミシマ社さんのブログを見ていたら、ルーツブックスさん主催で、出版学校を香川でやると書いてある。

では、このルーツブックスさんは、何者やろうと興味がわいてきました。「こんまい高松あきないマチ」を出している出版社とのこと、この本見おぼえがあるような。思い立ったが吉日、早速営業を兼ねて高松に行って、会社に行くとお留守。

ブログによると、ミシマ社さんとの打ち合わせのために東京に行ってはったんですね。そこで、そんな話をうだうだ書いたメールを送ると、嬉しいことお返事がきました。

メールによると、僕を知っているとのこと・・なんで。何年か前に、大阪にあったクリエーター達のためのインキュベーション「メビック」で僕が講演した時のお客様とのこと。テーマは「地方出版」、「メビック」では何度かお話しさせていただいていて、お客さまからの企画売り込みで「ZAKKAな大阪」タピエスタイル著1260円が生まれ、運営プロデューサーの山納さんと「コモンカフェ」山納洋著 1575円を作った場所です。

そうやったんか。あの時の子が出版社を・・、覚えてはいなんですが・・。そんな繋がりがあったとは、早速、ルーツブックスさんを僕ら小出版社160社でやっている出版社の団体版元ドットコムに入るようすすめたら、快諾。

またまた、何か動きだすかも。

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2010年11月22日 (月)

姫野さんのこと

ちょっと前、姫野さんのお別れ会が徳島であったので行ってきました。

姫野さんは「国交省で3悪人と呼ばれてんねん」とおっしゃっていました。
1人は、徳島の市民が愛する川、吉野川にある、江戸時代作られた川の氾濫を抑えるための仕組み、第十堰を、コンクリートに変えるための予算が付いていたにもかかわらず、阻止した姫野さん。
もう一人は建設省の役人でありながら、岡山の予算が付いているダム計画を阻止した人、もう一人は・・・忘れました。

ともかく、予算がついている事業を執行目前で止めたこの3人は、国交省にとっての巨悪だそうです。

第十堰ができて数百年その機能を堰は果たしてきました、しかし、当時の建設省は300年に一度の洪水に備えると言う名目でダム型の堰を作ろうとしたわけです。

この堰は、徳島の住民に愛されていた憩いの場だったのですが、住民にその是非を問うこともなく事業は執行目前まできていました。

ある時、それを知った会計士で釣り人だった姫野さんは「釣りができんようになる」(本人談)と思い、徳島の友人たちにその話をし、阻止活動に動きました。
メンバーは、出版社社長、デザイン事務所社長、などなど、普通団結を嫌がる人種ばかり、そんな人たちがひとつになって住民投票をし、キャンペーンをはり、推進派の自民党や公明党の人たちと戦い、最後には知事候補を擁立し、知事選で勝つことでこの目的を達しました。
詳しくは、うちで出している「あわわのあはは」住友達也著1575円を読んでいただきたいのですが、そんなことをやった人です。

運動を担った出版社は、県の仕事を干され、県との共同事業から外され、県の意をくんだ地元新聞社に、ライバル雑誌を創刊されるという事態にまで至ります。

当然、姫野さんや運動を担ったメンバーへの、県政や地元マスコミの圧力もあったと思います。保守的な町です、お上に逆らうなんて・・、でも、それ以上の第十堰が愛されていたのだとも思います。

姫野さんや出版社社長に聞くと、途中、運動を手伝いたいと入ってきた共産党や社会党に主導権を渡さなかったのも、勝因だとおっしゃっていました。ただ、渡さない戦いも大変だったようです。

姫野さんは10月、釣りをしている時行方不明になり、遺体で発見されました。お別れ会には500人、いや1000人ぐらいいたかもしれません、とにかく、田舎の広大な葬儀施設が満杯になっていました。

姫野さんは、川と付き合うための方を子供たちに教える、川の学校もやっていました。この学校の卒業生も、すごい数の人たちがきていました。

本当は、第十堰ではなく、姫野さんが愛されていたのでしょう。

僕が、姫野さんとお話ししたのは、姫野さんが講演のため大阪に来られた際の打ち上げの飲み会、一回だけ。でも、愛される人でした。

狭い徳島では、自由業の人間が、こんな運動をやること事態大変。仕事が無くなることもあります。実際、前にも書いたように、それに近いこともあったでしょう、でも、自分の信念を曲げることができなかったのだと思います。

姫野さんの捜索費用は、奥さんが出したそうです。
そして、このお別れ会も、香典も受け取らず、仲間のカンパも辞退されたそうです。これも、姫野さんとよりそってきた奥さんの信念なのでしょう。

「あわわのあはは」は、出版社社長の目を通して、この第十堰問題を記録しよう思って作った本です。もし、よかったら読んで下さい。

僕も負けんとがんばらねば。

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2010年11月21日 (日)

思うこと・・昔は・・

先日、20代のころは野武士みたいやったなあと、長い付き合いの人から言われました。
西日本出版社始めたころ、ぎらぎらしてたなあとも。

今、ちょっと落ち着いてしまっているのか、ちょっと反省です。

20代のころ、もともと出版社に入ったのも、この国をもっとよくしたい、弱者もここちよく暮らせる社会。住民1人1人が主役の住民自治がおこなわれている国を作りたいという思いからでした。

マスユーザーを持つ、テレビや新聞では、多数派の意見しか取り上げにくい、その点、数千部で商売としても成り立つ本というメディアは、少数派の意見も吸い上げる、社会に届けることができる。

営業職でしたので腰低くやっていましたが、書店店頭でも飲み屋でも、天下国家や、出版業界の話をしていたように思います。
「関西の出版業界を背負っているみたいな感じで、いつも、熱く話していた」とも言われます。
また、関西出版不毛の地と言われた時には、関西の出版社の実態調査をして「関西の出版社」という冊子を自分で出して、本屋さんで売り、テレビに出たりもしていました。

また、会社では、組合の委員長もやりました。

家にも、帰らず、朝まで議論もよくやっていました。
酒臭かったかもなあ。

かっこうも気にしてなかったしなあ。
28歳まで、スーツは、成人式の時に買ったもの一着で過ごしていました、もう、裏地なんかとれてましたもんね。
本、映画、芝居、飲み代、スーツに回す金はなかったですね。

えっ、野武士って、汚かったっていうこと・・。
この前も、後輩に、汚かったと言われましたが・・、そっちか。
そうかも。いつも汗だくで、暑苦しかったし。

でも、まあ、今は自分の媒体を持ったので、自分の口で言わなくても、著者の皆さんが言って下さっているので、最近、あんまり言わなくなったのは、そのせいかもしれません。

西日本出版社創業当時は、会社をもし潰すようなことがあったら、執筆していただいた著者のみなさんに申し開きができないという思いがあったので、ぎらぎらしていたかもしれないなあと思う、今日この頃です。

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吹田市制70周年

ということで、万博公園で行われた、イベントに参加してきました。僕の役割は、商工会議所青年部ブースでのシチューの販売。

午前中仕事があったので、昼から行くと、その時点で300食をすでに完売していました。残るは、昨年、吹田名物吹田慈姑で作った焼酎の販売の仕事のみ。

吹田慈姑は、大阪食文化大全に詳しく載っているので、そちらを見て下さい。

ゆったり気分で、商工会議所の仲間の面々と、話をしながら午後のひと時を過ごしました。たまにはこんなんもええなあ。

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2010年11月16日 (火)

熊谷真菜さんと打ち合わせ

たこやき博士にして、日本コナモン協会会長、熊谷真菜さんとイタリヤ料理店PANEeVANOにて密談。「日本コナモン紀行」執筆決定。

まずは、このホームページにて連載開始の予定です。

日本中のコナモンエピソードが一冊にまとまるはずです。

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2010年11月14日 (日)

今年最後の旅・・・か

香川ー岡山ー高知、車で回ってきました。もちろん営業の旅、ただし、今回は取次主催の書店さんとの商談会もあり。初日10日は、朝8時半とちょっと遅めのスタート、阪神高速フレッシュアップ工事を舐めていました。知らない人は知らないと思いますが、阪神高速は、ちょうど神戸中心部当たりが通行止め、「まあ、大丈夫やろ」と思てたのが大きな間違い、通行止め区間を目の前にして、高速から降りるのに、じつに40分。再度乗るのに、40分。普段なら4分ぐらいの距離を80分、しかも、料金も2回取られたような気が・・。疲れ果てて高松に14時到着、そこでは、取次主催の書店商談会に出席、2時間ばかし、商談し、その後宴会。

翌11日は、岡山で取次主催の商談会、ここでも2時間ばかし商談、その後宴会。

翌12日は、高知へ。

実は、高知を本拠地に日本中を旅しながら歌っている、シンガーソングライターう~みさんの本を出すので、まずは、地元の書店さんに表敬訪問です。老舗の金高堂さん、香川ゆかりの宮脇書店さん、高知で元気なツタヤ書店さん、みんな、超麺通団シリーズを沢山売って下さっていたので、話は早く、う~みさんの本の注文も沢山いただきました。

あまりお伺いしていない地域に営業に行くと、まず言われるのが「取次通してるの」。知名度の無い出版社の悲しさなのですが、取次を通してないと、書店さんの手間が大変なのですね。すっごく売れるものなら、しかたがないが、できれば扱いたくない、それが書店さんの本音。「通しています」そう答えると、担当者は「ほっ」とした顔をされます。

取次と取引できるレベルの出版社だという信用保証の側面もあるのでしょう。

でも、「麺通団の本を作っています」と言うと、どこでも、売れているのでOK。ありがたいことです。話はそれましたが、南国市と高知市の書店さんを、まあ、和気あいあいで回ってきました。

13日の朝、う~みさんが、高知放送で「うみともらじお」という30分番組をやっているので、それを聴いて、またまた営業へ。ラジオの中で、翌14日、高知放送ラジオ祭で、ミニライブをう~みさんがやるという情報を得て、14日も残って、聴いて帰ろうかと思ったのですが、帰ってからの仕事量が頭をよぎり断念。

帰りも、阪神高速フレッシュアップ工事にひっかかりましたが、そこはそれ、行きしに経験していたのでちょっと手前の出口から出て、ロス時間は30分ほどですみました。

さあ、これが年内最後の旅なのか、神のみぞ知る・・、でええんか、ほんま。

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